出典:2015年6月発行 女子体育 Vol.57-6・7 P.34-37

 
表現・ダンス授業実践 ー地域のダンスー
 
伝統芸能を知る・学ぶ・体験する
〜伝統芸能の伝え方〜
NPO法人日本伝統芸能教育普及協会 むすびの会 森田ゆい
 
1 はじめに 
 伝統芸能をはじめとした伝統文化は、歴史的にみて江戸時代から戦前までは学校教育の中ではなく、お稽古事を通して日常生活の中で伝承されてきたものである。しかしながら戦後、居住空間や生活様式の欧米化が進んだことにより、生活の中での伝承が機能しない状況となって久しい。そこで、学校教育現場においても伝統文化教育を取り入れる必要性があるのではないかと考えられるようになり、平成18年の教育基本法の改定に際し。教育の目標の中に「伝統と文化」と言う言葉が含まれた。それに伴い、東京都(平成17年度より「日本の伝統・文化理解教育推進事業」)や東広島市(平成19年度よりモデル校による「一校一和文化学習」、平成21年度より市内全ての学校園で実施)をはじめとして伝統文化教育が学校教育の中でも行われるようになってきた。
 
2 学校での伝統芸能の教育
 伝統文化教育において扱われる対象は、食文化、伝承遊び、郷土の芸能や工芸など幅広いが、ここでは能楽(能と狂言)、文楽、歌舞伎、日本舞踊、琉球舞踊などの伝統芸能に関する教育について述べる。
 現在学校での伝統芸能の教育は、小学校の国語で学ぶ狂言「柿山伏」、中学校の音楽での和楽器や歴史において学ぶ内容が中心となっている。その他に観賞会と言う形で芸能を見せる学校も多くある。観賞会を行う学校は、都市部が中心となっているが、狂言において戦後直後より地方を訪問して行う学校狂言観賞会が盛んに行われているように、学校訪問の形で観賞会が開催されることも多い。これらの観賞会の際に近年、単に観賞をするだけではなく、体験コーナーを加えたワークショップ形式を取ることが多くみられるようになってきた。しかしこれらの体験的な機会は、平成18年の教育基本法の改定以前は、殆ど設けられていなかった。
 
3 NPO法人日本伝統芸能教育普及協会 むすびの会の設立
 平成18年に遡り平成14年に設立されたむすびの会の設立の経緯について述べたい。当時は国語の教科書において狂言が例外的に外れていたことも受けて、能楽界をはじめとした伝統芸能の実演家達の間で、学校教育の現場に近づき子ども達に芸能の本質伝える機会を持ちたいということが度々話題となっていた。「観賞会とは異なる手法で伝統芸能の本質を伝えたい」という言葉を聞いた筆者らは、ここで語られる「本質」や、その「伝える方法」に興味を持ち、小学校の教論と研究者らで研究会を設け、具体的にどのような形で伝えれば「本質」を伝えられるのか、「本質や本物とは何か」という点について議論を進めた。また、国際化、グローバルな時代にこそ自国の文化を知り、自身の言葉で語れるようになる力を身につけることが重要なのではないかということが話し合われ、伝統芸能を用いて日本文化を伝えられるようになる方法について議論した。
 その結果、最も直接的に子ども達の理解や興味を高めるのは体験の経験ではないかという結論に達し、伝統芸能の体験的指導の普及を行うNPO法人を立ち上げようという運びとなり、NPO法人日本伝統芸能教育普及協会 むすびの会は設立された。発起人には教員、研究者と共に伝統芸能の実演家が加わった。また実演家は、能楽、文楽、日本舞踊、琉球舞踊と複数のジャンルをまたいでいたが、会の活動において「本物」をキーワードとしていたことから、いずれも各業界のトップレベルの先生方の協力を得、以来現在に至るまで実際に指導を行って頂いている。
 会の活動は、学校へ実演家を紹介する派遣授業のコーディネートやバックアップ(謝金を会からも援助しています)をメインの活動としているが、子ども及び教員を対象としたワークショップも主催してきた。
 
ワークショップの内容

能楽    シテ(謡と舞)
      囃子(能管、小鼓、大鼓、太鼓)
      狂言(謡と舞)
文楽    (人形遣い)
歌舞伎   (振り)
日本舞踊  (踊り)
琉球舞踊  (踊り)
その他   舞楽、民俗芸能など

 
4 教育システムの違い
 ところで、伝統芸能や伝統文化を学校教育に取り入れる際、教育システムの違いにどのように対応するかという問題がある。伝統芸能や伝統文化での教育すなわち稽古は、通常講師一人対生徒一人の形式で進められる。更に、安倍(1)によると学校での教育手法が、諸要素を効率よく目的合理的に組織化する“練習”的な手法を取るのに対して、伝統芸能の稽古では目的合理的な枠組みを「型」として設定し、「形」の模倣をひたすら繰り返す過程の中で「型」を習得させる性質を持つ。そのため稽古での教授法をそのまま学校に持ち込み指導することは適さない。
 この問題に対してむすびの会では、日本のお稽古の形を取る芸事に共通してひたすら「形」の模倣を繰り返すことで「型」を身に付けるという訓練の仕方が存在する、ということを子ども達に伝えることも、日本の文化を学ぶ、知る上でとても重要な要素だと考えている。この点を意識して学校での派遣授業の際、実演家の先生方には、必ずエピソードを語ってもらうと同時に、なぜそのような稽古を受ける必要があるのか、という内容についても語ってもらうようにお願いをしている。また殆どの場合、派遣授業は1回限りとなり技術が身に付く程度にまで指導することは叶わないため、体験を通して体感した記憶が深く残ることを願い、見る、聞く、触る、といった直接的な刺激を多く与えることも大切にしている。
 
5 伝統芸能をどのように伝えたいか
 伝統芸能というと一般的に歴史的なもの、ご年配の方が楽しむもの、今を生きる私達には遠い存在であると認識されているように思われる。しかしながらむすびの会では、伝統芸能とは過去に生きていた大先輩達からの「より良く生きてゆくための知恵」が詰まった、現代に生きる私たちへのヒント集であると考えている。また我々の先輩達がどのような表現に美を感じ、慰められ、カッコイイと感じて来たか、ということが理解出来る美意識が詰まったものでもあろう。基本的なことであるが、能、狂言、文楽、歌舞伎、日本舞踊、琉球舞踊とそれぞれに表現様式が異なるため、観賞の楽しみ方もそれぞれに異なるものである。例えば、歌舞伎では観客に分かり易く伝える様式を持つため、観賞する際には現在の演劇やテレビと同様に受け身で楽しめるものである。一方の能では、なるべく観客に各自のイメージの世界で楽しんでもらうことを目指しているため、演者はなるべく直接的な表現を控える様式を持つ。
 このようにそれぞれの表現様式の違いを踏まえた楽しみ方、そして伝統芸能の捉え方をぼんやりとではなく、子ども達が自分の言葉で話せる程度にまで伝えてゆくことが現在最も必要な課題であると筆者は考えている。
 
6 まとめ
 今の日本は2020年の東京オリンピックも控え、日本文化に関する関心が高まってきているように感じられる。この機運の中で学校教育現場でも伝統芸能の教育が広まり、体験を通した理解を深める機会が増えることを期待したい。
 
引用文献
(1)安倍崇慶「伝統と文化」に関する教育のパラダイムー芸道稽古論を中心にー, 3-15. In:安倍崇慶・中村哲編,「伝統と文化」に関する教育課程の編成と授業実践. 風間書房, 2012
 

(事務局長 兼任理事 大学非常勤講師)