出典:2016年3月発行 平成27年度文化庁「戦略的芸術文化創造推進事業」
芸術団体の経営基盤強化のための調査研究Ⅱ -協会型組織の役割と課題2016- P.50-51

 
2-2 NPO法人 日本伝統芸能教育普及協会 むすびの会
2-2-1 団体の概要
 
 NPO法人「むすびの会」(以下、「むすびの会」)は、平成 14(2002)年10月に立ち上げられ、翌年3月に認可が下りた法人で、学校教育現場における日本の伝統芸能を体験的に学ぶ機会を応援することを目的に設立された。主に実演家、学校現場教員、研究者で構成され、 学校教育現場及び一般社会における伝統芸能教育の振興を図り、関連する諸芸術の普及・発展と子どもの健全育成と伝統芸能文化の継承に寄与することを目的としている 。指導法や教材研究などの研究・調査活動や、実演家等の指導者の紹介、謝礼金の援助などの指導派遣の支援活動を行っているとのことで、理事であり当会の発足に関わった森口ゆい氏(以下、「森田理事」)に話を伺った。
 森田理事自身が地唄舞を習っており、その体験が法人立ち上げのきっかけになったという。舞の会で道具や顔師などの仕事をする人々に興味を持っていたこと、家元的な存在以外の多くの人々に接していたこと、若い人たちの経済的事情などの状況を聞いていたことなどから、こうした人々がもっと社会との関わりを持つことが重要なのではないかと常日頃感じていた。また、自身が学生時代に所属していた舞踊教育学科の動作学研究室で能、狂言師の実演家から舞台での動作や呼吸などを学ぶ機会があり、伝統芸の家の出身でない自分が体験できた貴重な経験をもとに、一般の人と実演家を更に繋げていきたいと思ったことが立ち上げのきっかけとなったそうである。
 
2-2-2 実演家・研究者・教育現場の連携作り
 
 活動は、実演家の先生を教育現場に紹介するということと、子供達を集めてワークショップをするということの二つをメインに行ってきた。海外では一般の人たちが伝統芸能の踊りを踊り、楽器も演奏できるが、日本ではそれが足りないのを残念に感じており、それを解決するために必要なことを考えて実践に繋げているという。たとえば、小学生を対象とした歌舞伎舞踊の実践をサポートする際には、研究者としての大学の恩師、その繋がりで小学校の教論との連携、そして実践的な補助には実演家を依頼するなど実演家と研究者、教育現場が繋がっているNPOならではの数々の試みを行ってきた。むすびの会の名の通り、発起人の縁によって生まれた人と人との結びつきがアイデアを実現化しており、実演家だけでも教育現場だけでも対応しきれない現場のニーズに対する調整を行っている。
 難しい点もある。教育現場で伝統芸能に関心を持ってもらうためには、まず導入が大切であるが、実演を教育現場に還元するにあたって「本物を伝える」にはどうするか、そして「本物」とは何か、という問題に行き当たった。この「本物」の定義をするために有識者を招いて教育現場の先生をメインのメンバーとする研究会で検討を行ったが、それだけでも2 年ほどが経過してしまったという。しかしその定義は背景によってあまりに多岐にわたるため、試行錯誤を経た現在では「伝える側が本物と信じて芸に携わっていること」があれば、それを本物の定義として認識して良いのではないかと考え、事業を進めているそうである。
 年会費を2000円と安く設定しており、実演家に対する謝金を非常に安く抑え、先ずは機 会を与えることを第一とすることに理解を求め、協力してもらっている。教育現場と話をすると、たとえ実演の希望があったとしても、現場には予算が不足しているという実情があるので、そこを法人として補うという姿勢を説明し、経済上のサポートを行っている。
 ほかにも苦労はある。たとえば、子どもゆめ基金を利用したとしても全額の助成が出るわけではないため、実際には活動すればするほど赤字が膨らんでしまう。また東京都も伝統文化理解教育を始めたことで、伝統芸能関係の協会が主催する子供向けワークショップが世の中に一気に増え、事業としてワークショップを行おうとしても競合してしまい、子供を集めること自体が大変になってしまった。そんな背景もあって今年度は新しく「伝統芸能コトハジメ」として、大人も対象とした初めての人向けの入門的な公演を始めた。
 
2-2-3 初心者対象の公演
 
 「伝統芸能コトハジメ」では横浜能楽堂を借り、狂言の公演に加え日本舞踊を活性化することにも着手している。日本舞踊の世界では、会を開催すると観客はお弟子さんや家族、親戚に限られがちである。そんな日本舞踊に新しいお客さんを呼び込もう、というコンセプトで開催した会は、最初に解説として見どころや鑑賞のポイントを森田氏が説明し、メインの狂言と舞踊が終わった後には山本東次郎氏の話が加わるという贅沢なプログラム。事前に観客から質問を募集しておき、最後のトークでそれに対して回答しているが、質問の中には例えば「何のために伝統芸能があると思いますか」など、実演家に回答してもらうには難しそうなものもある。しかし山本氏は「どんな世の中でも文化は社会の基盤になる」と伝統芸能の重要性を明快に観客に語り、森田理事は目から鱗が落ちる思いをしたと言う。
 
2-2-4 取り組みの特徴と課題
 
 森田理事にとって、伝統芸能とは「今を生きる我々の生き方の指針となる存在」だと言う。皆にそのように捉えてもらえるよう、「むすびの会」は今後も実演家と人々をむすぶ事業を続けていくという。また、「むすびの会」は、実演家、学校現場教員、研究者で構成されている点にも大きな特徴があり、三者の連携から生まれたアイデアを子供たち対象のワークショップとして実践してきた。さらに昨今の子供向けワークショップの増加による競合が契機となり、広く初心者を対象とした新たな企画として「伝統芸能コトハジメ」を立ち上げた。そこには研究者と実演家のチームワークを活かして伝統芸能の敷居を取り払う工夫が凝らさせている。これも「むすびの会」ならではの「三者連携」を活かした取り組みである。
 課題として、経費の面では問題があるが、現在のところ年会費を安く設定しつつ、まずは活動の機会を得ることで理解を得ている。